韓国と 日本、クリゴ、、 居心地 日記 (264)

日本と 韓国 での 日々の 居心地등を 気が向いたら 綴ります。。。。

京都で 見つけた とっても 素敵な 京都ならではの 惚れる路地

 

 クリゴ(그리고 

「京都で 見つけた とっても 素敵な 京都ならではの 惚れる路地」の稿。。

 

この一年半の 色々な 事象と この今の状況で

医療物資 廃棄します???  一体全体 どこまで、、、

お弁当の 廃棄もそうですが 浮世と 乖離が あり過ぎて。。。。

医療物資なんて 腐らないし、必要なところ あるやんか。

もう 二度と オリンピックの 誘致は 要りませんね。。。

やりきれない・嫌なところ いっぱい 見せられました。。。。

 

 

さて、実は 夏休み・お盆休みの時ですね。

昔から 大変 気になってる 戦国武将、、、

1600年の 関ケ原の戦いの時に 西軍を 裏切った

小早川秀秋に 抗った 戦国武将、、、

 

  松野 主馬 

 

igokochi264.hatenablog.com

 

さんの お墓が あるのではないかという  京都の

 

            妙心寺

 

www.myoshinji.or.jp

 

さんという 日本最大の 禅寺に 行って来ました。

めっちゃ 朝早い 京阪電車で、、、

 

大阪から 京都に 行くときは JR、阪急、京阪などで

行けるのですが 私は 京阪で 行くのが 好きです。

車両が いいんですね。

何か 旅行気分にさせてくれる ちょっと デラックス。。。

また 梅田駅の 一個 隣の 淀屋橋から 乗るんですが

始発なので 必ず 座れるんですよね。。。 

 

で、とにかく 行きました。

朝早いので とっても ガラガラ・・・・

まあでも 常に 背後とか 近くに 人がいないかとか

かなり 気を付けながら・緊張しながら 行脚しました。。。

 

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※ すごい 広い境内で びっくりしました。 迫力と 風情が。。。流石 京都 !

 

で、で、結論から 言いますと 無かったんです。。。

というか 見つける事ができませんでした。

その日は 妙心寺さんでは 何か やってらっしゃたんですね。

ですので お坊さん・僧侶の方たちが 結構 境内を ウロウロ

されてらっしゃたので ソ-シャルディスタンスに 気を付けながら

数人の方に 聞いてみたのですが 皆 存じて らっしゃいませんでした。。。

 

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行ってみると 境内 かなり・かなり 広かったので めちゃくちゃ

有名な 戦国武将でもないし 知らないのも 仕方ないかなと 思いましたし

そもそも 妙心寺さんに 葬られてらっしゃるかどうかも 確かではないので。。。

 

で、で、で、

近くにあります 妙心寺さんの 塔頭の 一つになられます 海福院さんに

葬られてる という 話もあったりして テクテクと 歩いて行ってみたんですね。。

 

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それで 海福院さんの方が ご親切に ご対応下さったのですが

ここでも 無かったんです。。。

※ 海福院さん ありがとうございました。

 

 後で 分かったのですが この 海福院さんは あの 豊臣秀吉の 親族であり

子飼い大名で 有名な 福島正則が 建立したんですね。。。

これもまた びっくりしました。 西軍(豊臣方・石田三成毛利輝元)を

裏切らなかった 松野主馬の お墓を 探しに 海福院さんに 行ってみたら

そこは 豊臣恩顧でありながら 東軍(徳川家康)側につき 東軍勝利の 立役者となった

福島正則が 建立したところとは。。。。

 

福島正則は 豊臣家が 滅ぼされた 大阪の陣の時は 江戸屋敷

留めおかれたんですね。豊臣秀吉の 引きが 無ければ 一介の 不良少年のままで

終わってたと 思われる その人生、、、結局 関ケ原の戦いと 大阪の陣という

豊臣家を 衰退・滅亡に 追い込んだ 二回の 重要な タ-ニングポイントの時も

豊臣家滅亡の後 その居城 広島城から 信州川中島に 移される事になった時も

無抵抗で、、、豊臣家恩顧としては、一回ぐらい 頑張ってほしかったなあ。

大阪の陣の時 大阪屋敷の お米 八万石ほどを 豊臣方が 接収したりするのを

黙認したり 大阪冬の陣の時 豊臣方が 勝利したりする 話を 江戸で聞いて

喜んだりしたりといった エピソードは 好きですが、しかし う~~ん。。。

川中島に 移封されたときは 色々と 忸怩たる 思いだったんじゃないかな。。。

情が厚く 奥様に 全く 頭が上がらなくて 人間味が とても ある方なのですが、、

しかし 肝心要な時に。。。。う~~~ん。。。

 

大阪の陣の時は 一部の 部下は 「豊臣家につくべきだ」と 進言するものも

居てたそうですし、だって 福島正則の 生い立ち・成り立ちが そうだもん。

 

  豊臣恩顧の中の 恩顧・恩顧 筆頭。

 

ですので 大阪の陣の時は 「福島家は なんで 豊臣方に つかないのか」と

庶民の人たちからの 福島家への 風当たりが かなり 強かったそうです。 

 

兎にも角にも・아무든・그나저나

その 海福院さんを 探しながら テクテクと 歩いていく 道中、、、

 

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その 道中・路地が 素敵過ぎて。。。。。。

 

   惚れた・・・・

 

四季 折々 歩いてみたいと 思いました。

 

秋も・冬も・春も。。。。

 

松野主馬さんの お墓を 探しに行ったら 心ときめく・とっても

素敵な路地に 出会えました。。。。

 

「京都で 見つけた とっても 素敵な 京都ならではの 惚れる路地」の稿

   ここまで。 また 新しい稿  気が向きましたら。。。^^     ........

 

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